12章 14章 TOP



13章 竜神ラゴス




バサバサと翼をはためかせて空に身を浮かせるのは、竜。
空想の生き物が目の前に現れた。しかもそれは人の言葉を話して。
それは鳥居に似た門から突然出てきた。
鳥居の先には、ない。廃工場の景色がそこだけ切り取られてる。
あるのは無。ただ、透明。白でもなく。何か透けてみえるわけでもない。
不自然な透明。時々プリズムにすかしたみたいに色のついた光がみえるけど。
この倉庫には、木漏れ日がさしてもないのに。まるで別の場所に光源があるみたい。
『ふむ。では契約にあたっての儀式をはじめるとしよう』
ぼーっとしてると、不意に飛竜が私に話しかけた。
私はどうして、としか返すことができない。疑念と衝撃が頭ではじけあってる。
飛竜くらいなら別に今更驚かないんだけど。さっきまで小さい恐竜を相手にしてたし。
でも、ランザーだって喋ることはなかった。喋る動物なら、カマイタチもそうだけどそもそも妖怪だし。
妖怪が当たり前のように人の言葉が理解できて、会話できるのはテレビや漫画やゲームで見慣れてたんだけど。
恐竜が喋るっていうのは、インパクトありすぎ。
それに口パクすらしてないのにどうして言葉が聞こえるの? 恐竜なのに腹話術やってるの?
「だいたい契約って、何のこと?  全然わけわかんないよ」
『我を呼んだのだろう。条件を満たし、そしてお前は呼んだと答えたであろう』 
「言ったかな? 本当にそんなこと」
それに、早く帰りたいんだけどな。もうすぐ夕暮れだし。
私が首を傾げてると鈴実が短くあっ、と声をあげた。それでも私はさっぱり。
「ほら、問いかけに『はいっ?』て言ったでしょ。それを答えと受け取ったのよ、きっと」 
「え、そういえば……いやでも、それってありなの?」
確かにそうとれないこともないかもしれないけど、語尾上げて言ったんだよ?
悪徳商法でなんとか口約束でも契約結ぼうとするキャッチじゃあるまいし。
若者言葉じゃ、何だろうと最後に語尾が上がったら全部疑問系になるのに。
『では行くとしよう。名は?』 
もしかして、この人は──というか、竜──単にお年寄りなだけかな? 言葉遣いもなんか古いし。
単に言葉縛りが好きなのかもしれないけど。言葉に執着するタイプというか。
『娘、汝の名を言え』
あれ? いつの間にやら、もう契約とかの段階にはいってる。しょーがない、やるだけやって早く帰ろ。
悪徳商法でもなさそうだし、架空の生き物相手にクーリングオフも効きそうにないもん。
もう、儀式だかどうだかを早く終らせて家に帰るんだからね。
晩ご飯には間に合う時間までに終らせちゃうよ!
「清海。私の名前は立野清海だよ」
『では清海。汝を契約の儀式の名に幻の間へ』 
そう言われた瞬間視界のものすべてが渦にまかれた。 鈴実も靖も、ぐるぐる。
正確に映るものなんて何一つとしてなくなった。ただ下へと落ちていくような感覚に包まれる。
目が回りそうで、私は瞼を閉じていた。そのまま開けてたら頭痛がしそうだったし。









「ここ、どこぉ──!?」
もう大丈夫かと思って目を開けると。
視界に飛び込んできたのは澄んだ空、生い茂る緑の絨毯みたいな芝生。
あれ? この表現方法って何故か疲れるね。まあ、それはさておいて。
極めつけに、大きな湖と一軒の丸太作りの家が目前に広がっていた。
ログハウスの右には明るい森、隅には花畑と薪置き場があった。鈴実だったらとっても喜びそう。
こういう所にきたらはしゃぎそうなんだよね。内心のことだから顔には出さないけど。
そして背後を見やればと、土を踏み固めたような整備された道があった。
「どーしようって言うよりも……」
ここで何をすればいいの? それにどうやって帰るの?
って言うかこんな風景は地球には絶対有り得ないんじゃ。ここ、異世界?
欧米あたりにありそうだけど今は21世紀、環境問題に揺れてるもん。
水質も土壌も一切の汚染がないのは最早、お伽の世界でしかないって鈴実が言ってた。
そうでもないなら、一週間前に訪れた場所しか思い当たる場所はなかった。
中世のヨーロッパ、つまりはファンタジーRPGの舞台になってそうなあの異世界しか。
「とりあえず、あそこの家に上がらせて貰おっかな」
ここに突っ立てても何にもならないだろうし。
えーと、確かこういう時は現状把握が第一なんだよね。
自分の現在地を確認するまで、その場所を離れても駄目。
動き回る前に、自分を探してる人がいないかにも注意しないと。
私は困ったときの鈴実大全三箇条を呟きながら湖を迂回してログハウスへ向かった。
今の私、迷子だもんね。迷子になったときのとる行動はちゃんと覚えてるよー。



ノックを三回したけど、応答なし。留守かな、それとも無人なのかな?
私はドアノブを掴んで捻った。途中で詰まることなくそれは回った。
あ、この分だと入れそう。そう判断した私は軽く挨拶をして扉を開けた。
「おじゃましまーす。駄目って言われなきゃ、入っちゃうよー?」
家の中央にまで行くと、丸いテーブルとイスがあった。あ、いいなこの家具。
そのテーブルの後ろには暖炉が見える。日本じゃまず見ない、煉瓦での拵え。
入口から見て右にはベットが1つ。この家は1LDKみたいだけど。
「誰もいないのかな……あ、なんだろあれ」
丸いテーブルの上には紅茶セット一式と紙切れが一枚。
何か文字が書いてある。あ、読める。漢字ばっかだけど、一応日本語だもん。
「なになに?」
『者受儀式、可飲紅茶一杯』
うーん。モノ、受ける儀式。可能、飲む紅茶を一杯? えーっと、これは……漢詩か何か?
儀式を受ける者は紅茶を一杯飲めるよ、ってところかな。日本語的には変だけど。
さっきの飛竜からかな、このメッセージ。
だけど、どうやって書いたんだろ。あの手でペン掴むなんて無理でしょ?

一応、書かれてるとおりに紅茶を飲むことにした。いいんだよね、飲んでも。
ポットを掴んで揺らしてみると、ちゃぷちゃぷと音がした。蓋をとると、白磁の奥に赤茶色が見える。
「いただきまーす」
ぱん、と手を合わせて軽くお辞儀してから私は茶器に手をつけた。
伏せられていたカップをひっくり返してソーサーの上に置いてポットの液体を注ぐ。
何かほのぼのとしてるよね。あの竜も、契約とか言ってたのに。これじゃメルヘンの世界にきたみたい。
鈴実と替わってあげたいなあ、すごく喜びそうなのに。こういうの好きそうだもん。
そんなことに思いを馳せながらこくこくとカップを傾けて紅茶を飲んだ。
「ごちそうさまー」
紅茶は温かくて甘さもちょうど良かった。淹れかたが上手いよね。でも、誰が淹れたのかな?
もう一杯飲もうかと思ったけど、一杯だけって書いてたから辞めておいた。
「どうすればいいのかな、この後」
さっきの紙切れ以外にも何かメッセージの書いてあるものが、もしかしてあるのかも。
そう結論づけて、私はカップを受け皿に戻した。
部屋の中を探してみようと椅子を立とうとしたら、目の前で軽妙な爆発音がした。
ポップコーンとか赤い実が弾けたくらいの音。って、赤い実はちょっと違う?
「ひゃっ」
手元にたぐり寄せようとした紙切れが水色の小鳥に変身した。
青色ほどじゃないけど、水色も鳥としては滅多にお目に掛からないんだけど。
身近なのでも小学校の飼育小屋にいたインコくらいかな。オウムに似てる気もするけど、種類は判別できない。
「まだこれをする奴がいたのか。呆れたものだ」
「あー、うん。偶然なんだけどそういうことに。貴方は誰?」
いきなり変身して、鳥になって日本語喋って、一人勝手に呆れてる。
ラゴスとか竜神だとか名乗ってたあの飛竜のおかげで小鳥が喋るくらいもう何ともないけど。
でもやっぱり目を見開いちゃう。だって喋るし、眉根寄せるし。仕草が人間っぽいもん。
「俺は案内役その一のラガだ」
その一って……シリーズものなの? よくはわかんないけど、次に何をすればいいのか知ってそうな感じ。
じゃあ、と私は疑問をぶつけてみた。
「案内役なら私が何をしたらいいのか知ってるんだよね?」

「知らん」

「え──! 何で!? 普通、指示とか何をしろとか教えてくれるんでしょ!」
「俺は案内するのであって、儀式をどう受けるのかなど知らん。案内人の役目は場所などを教えるだけだ」
うー。とりあえず、このラガって鳥は教えてくれるわけじゃないんだね。
案内は、ただの道案内。それだけ。ちょっとショック。でも、そこまで話は簡単じゃなかったわけだね。
「ねえ、本当に何も儀式の事をきいてないの?」
この小鳥しか今のところ頼れそうなのっていないのに。
本当に何も知らないとなると、振り出しに戻るしかなくなるよ。
「自分で探せ。己の力で何でもするというのが竜神様の考えだ」
「むぅ……わかった」
それはごもっともなことだとしか言えない。他人に頼っちゃ駄目ってことみたいだけど。
この分だと、自分でなんとかしないといけないみたい。ヒントすらもないけど。
でも、何もしないうちからぐたぐた言っててもしょうがない。
まずはこの家を探せばいいのかな? そうはいってもこの家1LDKだし。
見回しても特に変わったものは……あったよ!
暖炉の上に何か書いてある紙がある。普通、暖炉の上には置かないよね。
「薪置き場?」
紙には『薪置』とだけ書いてある。そこに行けばいいの?



スタンプラリーをやってみたいだなあ。
そう思いながらも、とにかくはと薪置き場へ私は向かった。
「やっぱり、変なものなんてない……よ、ね?」
れれ? 妙なもの発見ー。薪と薪の間にひとつだけ金具のついてる薪がある。
すっごくあやしい。金具なんて、蓋っぽいし。いじってみると、金具は簡単にはずれて開いた。
薪の中に何かある。引き抜けそう。取り出してみるとその正体は、羊皮紙が丸まったものだった。
「またぁ?」
今度は長いなあ。こんなにも長いと紙切れっていうより巻物だ。
両手いっぱいに広げてみると、そこには文章が書かれていた。今度は平仮名も混ざってる。

≪一と森へ行きそこから二へ。二から三へと行け。 
ただし簡単には通されぬ。ここは魔法のない世界。 
はたして突破できるかな? 一から二への導きはすでにかかれている。 
二から三へはただ二を信じる事。頭をひねらずとも答えは簡単≫

これって、もしかしなくてもヒント?
「森に行けば、いいんだよね。でも、一って?」
いち。そのいち。あ、そういえばラガは案内人その1って名乗ってたような。
ラガの事かもしれない。ううん、きっとそうだ。だって此処にはラガと私以外には誰もいないもん。
「ラガ、私をあの森に連れて行って」
森に行けば案内人その二って人か、動物にあえるはず。
私の頼みに水色の小鳥は頷いてくれた。
「わかった」









ラガに森の中を案内してもらって、かれこれ既に三十分は経ったと思うけど。
「うーん。えーっと」
森に入ってからずっと歩いてるけど、案内人その二に全然会えないのはどうして?
もう一回、私はヒントを読んでみる。
頭をひねらなくてもいいって事はそのまま行動すればいいんだよね。
案内人その二の所にたどり着く答えは?
「えーっと。うー」
“一と森へ行きそこから二へ”
今、案内人その一のラガと森にいるから、『そこから二へ』がわからないと私としては進みようがない。
たとえ目指す場所がわかったところで、地図も土地勘もなしに森を歩いても目的地には辿りつけそうにないし。
そんなわけでラガの後をてくてくと追いながら朽葉を踏みならしつつ森を歩いてるわけだけど。
「あ、ねえラガ」
そういえば。ラガに案内してもらってるけど、行き先を聞いてなかった。
「なんだ」
「さっきからどこに向かって歩いてるの。森の真ん中?」
「いや、気まぐれだ。森に案内しろって事は、森の中ならどこを歩こうがいいからな」
思わず、私は息を呑んだ。喉の奥がひゅっと鳴った気もする。
気まぐれ? この三十分、あてもなく森の中を彷徨ってた? そのことに、なんの成果が?
まあ、いいや。どこへいけば良いのかなんて知らないんだから。
そんなことより、先に謎を解かないと。そこから二への、そこって何処のこと?
『ヒュ―ッ』
えっ? なんか階段を踏みはずしたようなこの感じはつい前にもあったけど。
あれは世界を移動するとき特有の感覚だろうけど、これは……下を見たら地面がない!
私は落とし穴の中だった。別にフォーリンするのはラブだけでいいってばっ。
誰、こんな所に穴を掘って埋めてないのは!?
しかもいろんなものが穴の中にあるし。素直には落ちたくないよ!
「ラッ……あ、ラガいない」
そういえばラガは鳥だから飛んでるから落とし穴に落ちる事はないよね。
うん、納得。……ってしてる場合じゃないってば私!
『パタパタパタ』
「無事か?」
ラガが穴の中にすーっと舞い降りてきた。私の落下スピードにあわせて降りたり止まったり。
「うん。でもどうしよ。こんな穴から抜け出せるわけないよ」
足元にはわけのわかんないガラクタとかある。
『シュッ』
「清海っ!」
え、さっき何か音がした? そう思ったとき、腕を掴まれた。
「何あれ!」
何なの。あのボヨンボヨンの触手がうじゃうじゃあるあれは。
あれ? そういえば足が浮いてるよーな……………うん、浮いてる。
落ちてるんじゃなくて上昇してる。私って浮けないよ? 魔法も使ってない。
「ラガー?」
あれ? いない。腰に誰かの腕がある。
それに私、誰かに持ち上げられてる?
「おまえなっ、足元をよくみろ!」
後ろからだれかの声がした。後ろを向くと、知らない人がいた。
「どなたさまですか?」
私が呑気な声を出したせいか、落とし穴の底から私を掴まんとするものがあった。
うわっ、わけのわからない触手が足に絡みつこうとしたーっ!
「穴から出るぞ」
上昇しつづけて、わけわかんないのの触手がとどかない地上まで上がって行った。
だから。誰ですかあなた?
それと。間違えても、そこってあのわけわかんないののいる穴底じゃないよね?
さすがにそれだけは勘弁して欲しいな。あんなのもう相手にしたくないです。
「あなたは誰なの。それにラガは?」
今目の前にいる人、うーん、人っていうより天使かなあ。
でも人間サイズ。カシスとレックみたいな手の平サイズじゃないよ?
それに天使の翼より、鳥の翼に近いかなー。鳩みたいな白い翼が背中にある。
ついでに服も白。髪は水色だけど。
「俺がラガだ、気づけ。お前はバカか」
「え、うそぉっ!」
今目の前にいる人がラガ? どうして。変身でもしたの?
疑問はつきなかった。思わず口からそれがポロポロと出てしまう。
「人と鳥の割合を変えたんだよ。俺は鳥に戻るからな、この姿を保つのは結構キツイ」
そういって音も光もなく自然にラガは翼をもつ人から鳥になった。
わー、あれを見るとさすがに認めざるを得ないなあ。確かにあの人イコール小鳥のラガだ。
「さっきのは翼人型だ。天使や悪魔とは違う。最近は見かけないが……何百年も昔となれば、絶滅しても可笑しくないか」
「ラガ、話が逸れてる」
うーん、珍しく私がツッコミにまわったなあ。
そういえば何か違和感。ラガがお前って言ったときに感じたような。
穴に落ちる前には全然なかったんだけど。あ、わかった。ラガが私の事を清海って呼んだんだ。
でも私、名前を言った覚えはないよ。どうして知ってるの。やっぱり何か知ってるんじゃ?
「ラガさあ」
「時の流れは速い。もう、夜の帳が降りる」
「あ、ほんとーもう日が沈む……って、時間経つの早くない?」
ん、ちょっと待ってよ。日没ですと?
まさか、この世界で夜を過ごす事になるのっ!?





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